教育現場におけるEQの活用 > SEQの活用事例

正課講義「キャリア形成論」におけるStudent EQ 複数回受診は学生に何をもたらしたか?

信州大学 様

信州大学は2011年度より共通教育の正課講義「キャリア形成論」の中で、Student EQ を受講生全員に受診させた。多くの学生にとって自分自身を見直すきっかけになったとともに、必要以上の自己否定から抜け出し、自身が望む姿に向けて行動を起こし始めた。
とりわけ、前後期連続で受講した学生は、コミュニケーションのありかたや、対人関係の持ち方などに関わる素養において、学生一般とは顕著に異なる診断結果の遷移が見られた。
Student EQ の活用で、学生への行動喚起と講義の効果測定とを同時に実現することができた。


1.講義の概要

「キャリア形成論」は信州大学共通教育機構が学生支援課・キャリアサポートセンターとも協力して正課の講義として実施している。
講義は前期・後期それぞれ2単位が配当され、連続でも、いずれかのみでも受講することができる。
前期は「自分を理解する」ことに、後期は「社会と仕事を理解する」ことにカリキュラムの主眼がおかれており、外部講師の協力も得ながら実施している。
2011年度の受講者は、前期約300名、後期約200名であり、それぞれ月曜日・金曜日に分かれて受講している。学年は1年生が約8割を占めている。
なお、本講義はSUNS(衛星中継システム)により長野県内の各キャンパス及び提携大学にも同時中継にて配信された。


2.Student EQ に期待されたこと

の講義では、単にキャリア形成の考え方を知ったり、形を変えた早期の就職活動対策を行うのではなく、大学生活をしっかりおくりながら社会人になるための心構えや準備をし、「打たれ強い」学生になることを狙っている。 このような講義の中で、Student EQ (SEQ) に求められたことは「自分自身の強みと弱みを早期に把握させ、改善の目標をたてさせる」ことであった。

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他方、就職活動を支援する立場からは、アセスメントの活用にあたって、自己分析それ自体が自己目的化してしまう学生や、自己分析に取り組むことで「ダメな自分」ばかりが目につき、モチベーションを落とす学生が少なくないことも問題意識として出されていた。
SEQが選ばれた背景も、社会に出てからEQが必要になることへの確信とともに、SEQが行動量検査であり、言わば「変えるためのアセスメント」であることも大きな要因であった。


3.Student EQ の活用

SEQは4月及び12月の講義でキットを配布し、指定の期日までにキャリアサポートセンターへ提出を求めた。回収率は約90%である。
受診料は大学費用から拠出し、信州大学生活協同組合を精算及び資材の受け渡し等の窓口とした。
提出約2週間後、学生EQセンターの講師による講義を実施した。出席率は90%である。出席者には「300字レポート」を義務づけた。


4.Student EQ の講義の概要と学生の反応

講義はEQの解説と、SEQの受診結果の読み取り方を中心にビデオ教材も取り入れて実施した。
学生の「300字レポート」によると、「90分がこんなに短かく感じたのは初めて」「自分は性格に問題があるからダメと思っていたが、行動を変えればいいとわかって元気が出た」などの声が多数寄せられ、モチベーションが上がった様子がうかがえた。
また、12月の講義では初めて受診する学生と、2度目に受診する学生とを分けて講義を行った。
4月に受診した学生の約4割が12月にも受診したが、この2度目の受診となる学生に対しては、4月からの8ヶ月間の自分自身の変化や成長をスコアの変化でたどるワークショップを行った。


5.2回の受診結果からわかったこと

4月及び12月のSEQ受診結果を分析した。
まず、4月・12月ともにはじめてSEQを受診した学生の平均スコアを比較したところ、以下の特徴があることがわかった。(下グラフ)

①4月に比べて12月は達成動機や気力充実度などのモチベーションに関わる素養の数字が大きく落ちている。
②同様に対人関係知性の各素養や、対人受容力の各素養、共感的理解も概ね落ち込んでおり、変化の少ない「ゆるい」人間関係の中に安住している

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③そのような環境の中なので、自分を見つめる機会(私的自己意識)も少なく、結果的にストレスを感じることも減っている(ストレス対処の減)ことがうかがえる。 このような不活性な状況が続くことは、3年生以降の進路選択や社会に出ることを想定した場合に、大いに危惧を抱かせるものと言える。

次に、4月受診後に解説と目標設定の講義を受け、12月にも2度目のSEQを受診した学生70名の平均スコア見た。4月と12月のスコアを比較すると、以下の特徴があることがわかった。(下グラフ)

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④前述①②とは対照的に、モチベーションに関わるスコアは4月からほとんど変化しておらず、入学当初の状態を維持している。
⑤対人関係知性は一般的な傾向とは逆に行動量が増えており、特に自立した他者とのコミュニケーションのあり方を示す、アサーションの素養(自主独立性・柔軟性・及び自己主張性)は大きく伸びている。
⑥一方で自己コントロールやストレス対処の数字は上がっている。コントロールやストレス対処行動を必要とする状態にあることもうかがえる。
⑦特性不安の数字も上がって(不安を感じなくなっている)おり、入学当初よりも活動的な生活を送っていることがうかがえる。但し、これには一定の負荷がかかっていることが上記⑦の結果からも推測できる。

受講者のキャリア形成支援を目的とする講義の性質上、実験のためだけに受診をさせる比較群を持ったわけではないので、統計的には十分な条件が満たされた比較ではないが、EQについての知識や目標設定を行っていない一般的な学生の4月から12月にかけての変化を前者のグラフと仮定すると、2度目を受診した学生の傾向は明らかに異なった傾向を示している。 これは、4月受診者が目標を持って大学生活を送ることで、他の学生と違った行動傾向を持つに至ったことを示唆する。SEQのみによってもたらされたものとは考えてないが、「結果を見るのが待ち遠しかった」という発言に代表されるように、一定の寄与はあったと思われる。 もう一つは、初年次教育・キャリア教育の効果測定指標としての有効性である。SEQは行動傾向の変化を見るのに適しているので、教育目的の達成度合いを行動面から測定することができる。


6.個人面談から

4月・12月両方受診した学生から希望を募り、約30分間の個人面談をキャリアカウンセラーが行った。面談は12名から申込(さらに希望者があったが先着順とした)があり、11名が出席した。

面談の中で、多くの学生は4月の受診結果を真剣に受け止め、行動を起こしたことを語った。自分の将来像を考えながら行動目標を設定したことも特徴的であった。 何もしなかった学生は2度目の受診をしなかったということも考えられるが、そうだとしても4月受診者の約4割が2度目を受診したという割合は決して低くはない。

面談者の一例をあげる。 下図は、ある学生(教育学部・女子)の4月受診結果である。教員志望であるこの学生にとって、4月の受診結果はショックを与えるものであった。

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特に注目したのは、アサーションの部分だった。自主独立性・柔軟性・自己主張性ともに他の素養と比べて際だって低い数値となっていた。 彼女の抱く教師像からは大きくかけ離れたものであり、変化を迫る結果であった。 彼女自身がこれまでを振り返ってみると、いつも人の後ろについていて、自分から発信することをしていない自分に気づいた。日常会話でも、授業の場でも「必ず1回は発言する」ことを彼女は目標とした。同時に交友範囲も広げ、積極的な行動をとる友人と過ごす時間も増やした。

このようにして8ヶ月を過ごした結果は下図のグラフとして出た。

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一見してわかるように、課題にあげたもののうち、柔軟性と自己主張性は4月に比べて大きく伸びた。「必ず発言する」行動を継続した結果と思われる。 また、抑鬱性・特性不安も数字が大きくなった。これも行動的な友人と過ごすことで、必要以上の後悔や不安にとらわれなくなったことを示している。 このように、開発目標に取り組むことで、確実に変化はもたらされた。 さらに、4月時点では大きく社会的自己意識に傾いていた私的自己意識とのバランスも、12月ではその差が縮まり他人の目を意識する度合いが減ったことがわかる。 加えて、セルフエフィカシー・気力充実度が上がり、自己効力感が増しつつあることが伺える。 このような結果は学生本人も自身の行動との関連を明確に振り返ることができ、納得度の高いものであった。

一方、目指したほどには変わらなかったのが自主独立性である。これについては、「発言はできるようになったが、自分の考えはこれ、と自信を持って言いきれるようになるには、まだまだ経験が足りない。今までやったことのないことや、失敗することも、もっと幅広い経験を積みたい」というのが本人の弁である。 必ずしもポジティブなものではなかった部分についても、きちんと自分自身の課題として受け止め、次のステップとして認識していることがよくわかる。

12月の結果はそれが反映された者も、意に反して十分反映されたとは言えない者もいたが、面談の中ではいずれも自ら「次の目標と行動」を口にしていたことが特徴的であった。

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変わるためのアセスメントであるSEQを活用することで、講義の効果を測定するとともに、受診した学生には自己理解にとどまらず、P-D-C-Aサイクルを目的意識を持って実践する経験をももたらしたと言える。
何より、2回目を受診した多くの学生が、その他の学生と比べて積極的な学生生活を送っている様子がみられることが最大の成果であった。

国立大学法人 信州大学
長野県松本市(本部)及び、長野・上田・伊那の各キャンパスで人文・経済・教育・理学・工学・繊維・農学・医学の8学部を擁する総合大学。
学部学生9,406名・大学院生2,023名
教員1,147名・職員等1,234名