教育現場におけるEQの活用 > SEQの活用事例

PBLを基軸とする工学教育プログラム
-PBLにおけるSEQの活用について-

国立大学法人九州工業大学 工学研究院 中尾 基 様

九州工業大学工学部では、2008年にスタートしたPBLにおいて「EQ こころの鍛え方(東洋経済新報社、高山直 著)」を参考にしたEQ自己チェックを実施し、2012年度にはPBLが社会から求められる能力の開発に効果があることをStudent EQ(SEQ)の活用により測定することができた。さらに2013年度には、工学部6学科1・2・3年生を対象にSEQを実施し458名が受診したことで、学年があがるにつれ二つの素養「達成動機」と「気力充実度」に面白い変化が現れることがわかった。PBLの実施により、これら二つの素養のスコアが向上することもわかってきた。


1.はじめに

九州工業大学では、工学部における背景として①科学技術の発展、②工学部入学志願者の減少傾向、③熟練エンジニア大量退職といったものがあり、大学教育と社会(企業)との間に乖離が生まれている現状を変革する必要があった。
2008年度に従来の座学中心の教育(講義・実験)からProject-Based Learningの導入で工学教育の質的変革を進めるべくPBL教育推進室を設置した。同年新たに設置した総合システム工学科で、基礎科目講義・専門科目講義・演習・実験・卒業研究までをPBLを基軸とした教育を行うこととした。 学生に求められる「主体性」や「コミュニケーション能力」および「実行力」、「チームワーク・協調性」といった社会から求められる能力を養うプログラムとしてPBLに取り組み、その効果を測定するツールとしてSEQを活用した。


2.Project-Based Learning(PBL)の概要

1)PBLのねらい

BLとは和訳すると「課題解決型学習」であり従来行われてきた「講義」と「実験・演習」の積み上げ(詰め込み型教育、系統的教育)とは異なるものである。
急速に産業(工業)が進展するもとで行われてきた詰め込み型教育は学問分野を網羅不可能なものにし、学生の学習意欲の低下も招かれ、そのため従来からの知識や技術の伝授を中心とした教育ではなく、学生の個々の方法論・解決論を獲得させる教育、自分で勉強する主体性を身につけさせるための教育を狙いとした。

2)PBLの進め方

工学部など理系の学生はとかく課題や問題に対して、決まった答えや正解があると思いがちだが、PBLでは答えが決まっていない(分かっていない)問題と解くことをポイントとしている。
これらを1年生の教養科目講義と実験、2〜3年生の専門科目講義と実験、4年生の卒業研究への続けていくものである。
①学生は1グループ5名程度のチームを編成
②チームごとにプロジェクトに取り組む
③プロジェクトテーマは、解決方法が知られてい ないオープンなものを設定
④フレームワークの設定、実施計画立案、プロジ ェクト実行を学生自ら実施

3)PBLで獲得を目指したもの

①他の講義・実験科目の重要性を認識(学習動機づけ)
②実践力を習得(課題解決能力、プレゼンテーション能力、論理的思考力、など)


3.資料:社会(企業)が求めるもの

日本経団連タイムズ(2011.1.20)に掲載された企業594社によるアンケートでは、企業採用に際し重視している大学生の素質・態度・知識・能力は、素質・態度においては第1位「主体性」、第2位「職業観」、第3位「実行力」であり、知識・能力においては第1位「創造力」、第2位「産業技術への理解」、第3位「コミュニケーション能力」であった。
20年前の社会(産業)においては、開発規模も小さく、各人での開発が主で個々の開発能力の高さが求められていた。現在では開発規模は大きく、チームでの開発が主であり、開発能力の高さに加えコミュニケーション能力が求められてきている。
大学で従来重視されてきた「専門課程の深い知識」は第11位であり、ここに大学教育と社会(産業)との乖離が見られる。
ある学生は「コミュニケーションが嫌いだから工学部に入学しました。」という。しかしながら、現在はそういうことを言っていられない状況であり、開発の現場でもコミュニケーション能力が必要とされてきている。


4.PBLの取組内容

九州工業大学ではPBLにおいて3つの取り組みを進めてきた。総合システム工学科をモデルケースとし、工学部全体へこれを展開する。これらの取り組みを新しい工学教育のジャパンスタンダードにしていくことを目指している。

1)PBLを基軸とするカリキュラムの開発・整備

PBL科目の内容整備、講義・実験・演習科目との連携強化、PBL導入科目新設すること。これらを通じて工学部PBL科目の整備・充実を進める。

2)教育環境・学習環境の整備

プロジェクトラボラトリー設立(人間工学的観点でのデザイン)により創造性の涵養に適した魅力あるスペースを設ける。

3)PBL教育の運営・管理体制の整備

PBL教育運営会議を設置し、「運営」「プロジェクト管理」「指導」「評価」を行い、PBL科目の運営要領を整理していく。


5.PBL基軸カリキュラム

総合システム工学科を2008年に新設し、1年前期から3年後期までPBL科目を開設した。1年生は前期に「総合システム工学入門PBL」があり、志を立てることと学習の動機づけをこの科目の狙いとした。週2回の科目は前期で30回実施されるが、コミュニケーションスキルの講義はそのうち9回を占めている。
サマーサイエンスフェスタで子供向けの企画に参加するにあたり10チームで取り組んだテーマとしては、「紙ヒコーキと空力」「保存力のポテンシャルを利用したストラックアウト」「手作りスピーカー」などがあった。
1年生後期からは「情報PBL」があり、問題発見能力やプレゼンテーション能力の獲得を狙いとした。2〜3年生のカリキュラムにも、モデリング力、デザイン力、論理的思考力、調査分析能力、総合力、課題解決力、企画力を養う科目が組まれている。
2014年度からは工学部全6学科(機械知能、建設社会、電気電子、応用化学マテリアル、総合システム)にて1年生・3年生PBLが必修化された。


6.SEQの活用

1)SEQによる学生の成長測定

2012年総合システム工学科1年生を対象に4月と8月にSEQの受診を行った。全体的に行動量が増えレーダーチャートが大きくなったが、特に「達成動機」「気力充実度」のスコアが大きくなったことは大学としても注目された。このことにより2013年度の工学部全6学科1・2・3年生のSEQ実施につながることとなった。

2)工学部全6学科1・2・3年生のSEQ実施

2013年度工学部全6学科1・2・3年生のSEQ実施にむけて1000名分の予算を確保することができた。577名の申込みで458名が受診した。
SEQの結果を1・2・3年生のそれぞれの傾向を見たときに興味深いスコアの違いが見られた。前項に記した「達成動機」「気力充実度」のスコアは学年があがるにつれスコアが低くなっていくことがわかった。
総合システム1年生のSEQスコアの変化からPBL教育が「達成動機」「気力充実度」のスコアを引き上げる効果があることから全学科にPBLを展開することにつながった。

3)面接の評価とSEQの相関関係

PBLの成績評価においては面接も実施しており、面接の点数が高い学生は野球部の主将や大学祭実行委員長の経験がある。こういった学生はSEQのスコアも高く、就職活動では大手企業の内定をもらう学生が多い。
一方で大学の成績評価値であるGPAとSEQの相関についても見てみたが、これには相関がないことがわかった。


7.最後に

最近気づいたこと

1)PBLが一番のFD活動である

一方通行型から双方向型の(講義・実験、、、)へ変わることでPBLを担当した教員のマインドが変わる様子を目の当たりにできました。

2)PBLは万能ではない

PBL運営も変化し続けなければならない。


<補足>九州工業大学生協の関わり

大学生協では、2012年の最初の総合システム工学科1年生のSEQ受診においてはSEQ解説会の開催を行い、解説は生協職員が行いました。
2013年の1000名受診ではSEQ受診の案内や受診のしかたをチラシとして作成しました。また、昼休み時間帯には生協店舗や食堂の前に机だしをして、生協職員と学生委員でSEQ受診の呼びかけ活動を行いました。1000名受診にむけた申込状況を日々棒グラフで店舗内にわかりやすく表示し、全6学科の学年別の申込み状況も一覧にして掲示しました。申込み状況を中尾先生とも共有しながら各学科でのSEQ受診の告知を中尾先生に実施していただきました。SEQ解説会は人数が多くなることを想定し、日程を複数回設定し生協職員が実施いたしました。

九州工業大学
福岡県北九州市戸畑に本部をおく国立大学。
工学部(戸畑キャンパス)、情報工学部(飯塚キャンパス)、生命体工学研究科(若松キャンパス)
工学部は6学科、情報工学部は5学科。
大学院は工学府6専攻、情報工学府は6専攻、生命体工学研究科は5専攻。
学部学生4245名・大学院生1627名・教職員571名