教育現場におけるEQの活用 > SEQの活用事例

「対人援助職」として、教育学部における集中講義でのSEQ導入の実践事例

北海道教育大学 釧路キャンパス 様

北海道教育大学では、2012年度の集中講義においてSEQを導入することで学生自身の自己理解をすすめるとともに、それをグループの中で自己開示し、将来のなりたい教師像を描く手がかりとする講義を3日間で実施した。1学年180人のキャンパスの中で、150名が出席し、3日間活発に参加した。
ここでは2013年8月5日に実施した「大学におけるEQ活用研究フォーラム」における、同大学の玉井康之教授の報告を誌上要録し、成果をあげた事例として紹介したい。


1.現代の学生の状況と大学の課題

どこの大学でも、学生に「社会性がない」「対人関係が」と悩んでいるのではないでしょうか。教育学部でもそうです。
しかし、教育学部はそもそも対人関係が職業の中枢に関わる学部です。ニコニコしながら子どもたちを引き付けるようなことは、「職業上の生命線」とも言えることで、「苦手」では済まされないことなのです。

現代の学生・青少年に見られる傾向として、我慢ができない、うまく表現できない、人間関係がうまく結べない、ということが上げられます。
他方、教員自身も「今の子供たちは...」というが自分のことを語らない傾向があります。
小中高校までの教育内容と生き方を振り返ってみると、偏差値で大学に入るものの、自分に適性や興味があるのかどうかや、自分の立ち位置がわかっていないケースがよくあります。
国が中心となってキャリア教育をすすめていますが、自分自身のこともよくわからないのに、就職など目指すものだけを考えるキャリア教育が多いのではないでしょうか。
大学に入るまで、教育学・心理学・コミュニケーションなどを体系的に教える機会がまったくないことも問題と感じています。
大学生の人間関係も希薄であり、「独りが気楽」「人間関係の枠をはめる」といった特徴が見られます。昔は知らない人には声をかけたものですが、今は知らない人だったら声をかけない。そうすると見知らぬ人と新しい人間関係を広げていくことがますます不得手になっていきます。

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教育学部は教員を養成する学部です。教員は「対人援助職」です。教育学部の学生が教員をこころざすときに「あの先生がよかったから」ということをよく言います。それだけでは教員はできません。もちろん自分にとっては良い先生だったのでしょうが、他の子供にとってはどうだったか。多様なタイプの子供に対応できる多様な能力を伸ばすことが必要とされているのです。


2.SEQの受講条件と用い方

2月に実施した3日間の集中講義では、SEQを受けることを前提としました。
この講義では、入学してから卒業するまで自分たちが変わることをポジティブに考えさせました。
自分の特徴について自己開示し、自分のことをかがり、人の話を聞くことで隣の人がどう生きたかを共有するようにしました。
内心嫌がった学生も少なくなかったとは思います。単位を取るためにしぶしぶ自己開示したのかもしれません。しかし、このハードルを越えることがきわめて大切です。だから嫌なことも出させるようにしました。

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受講に際しては、SEQの結果をグループ内に公開すること、を条件としました。
何かの知識を伝えることでなく、自分自身で考えること、さらにこれを契機として考え続けることを目的としました。
講義初日はチームづくりから始まってSEQの読み方を解説し、自己理解を深め、チーム内に自己開示する。当然、自分のことを話さないと相手も話してくれません。
2日目はそこからなりたい教師像をそれぞれ考え、自分自身の成長課題をみんなで考える。他者からのアドバイスと建設的な課題解決を体験します。
そして3日目はそれを15名程度に拡大したグループで相互に全員がプレゼンテーションする、という流れでした。

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初日のチームは必ず3人以上で結成し、チーム名をつけました。 また、チーム毎の約束づくりを行いました。それは、「自分をさらけ出すことを恐れない」「偏見・先入観で見ない」議論をするためのものでした。また、授業に遅れた人がいたらチーム全員来てないことにする、などチームで責任を取らせる体験もさせ、 チーム作りと「グループワーク10か条」を作成しました。


3.事前ガイダンス〜現在の夢・不安と将来〜

事前ガイダンスでは、自分だけが悩んでいると思っていることをみんなも感じているということをまず自覚させました。
例えば「私は子供に言うこときかせることができない」「だから教師に向いていないのではないか」などという悩みは、多くの人が抱える悩みです。ベテラン教師だって、同じように悩んでいます。教師に向いている/向いていないは相対的なものです。
何年間か、ある程度続けてみてはじめて克服することが大切なものが見えてきます。少しでも克服できると「もう少し頑張ってみよう」という気持ちになります。そしてあるとき振り返ってみて、少しでも自分が成長していると思ったときに、目指そうという気持ちが固まっていくのです。

「自分の成長」とは、回りとの比較だけでなく、過去の自分との比較でもあります。
ところが人間は社会的な動物なので、特に人と比較して、自分の欠点に悩んでしまいます。
しかし悩まない人はいない。むしろまったく悩まないとしたらおかしい。とりわけ人を扱う教師は、色々と悩んではじめて自分の適性や夢を実現することができるものです。

そして、人は周りから影響を受ける生き物です。特に楽な方へ影響を受けてしまいます。まわりにそういう人がいれば、悩みから目をそらして、ラクな方へ行こうとしてしまう。
無意識のうちに自分が誰から・何から影響を受けているかを考え、低めあっている関係もあることに気づくこと、そして「低めあっている」ということを相手に伝えることができる関係も大切です。

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4.大学での研究と社会で求められていること〜

大学での研究と、社会で求められていることの違いを意識させることも重要です。
学校での教育や教育実践は、対象が人・子ども、とりわけ未熟な子どもが対象です。大人が分かりきっていることでも分からないことも多く、ほんの小さなことやミクロの世界が対象となります。
また教育は、相手が人間であるため、複合的な原因・要素が絡み、問題の事例解決も複合的な方法を組み合わせながら、解決方法を考えることが必要ですし、相互の関係性によっても変化するため、その人の人格的な要素も影響を与えます。
知識がないと教えられないけれども、知識だけがあっても教えられるわけではありません。

一方、大学での研究は、当該の人よりも、普遍的現象や物が対象とし、ある限定的な条件の中で認められる普遍性を追求します。
研究は、自分自身が変えること、変わることを目的としませんし、人格的な特性は問題にしない。社会性や人間関係能力がなくても、研究はできます。
また研究は、相手に対して提供すること自体を直接目的にはしていない。むしろ、自分の中に新しいことを取り込む傾向を強く持っています。
そして研究は相手にどう教えかよりも、知識そのものを問題にするという違いがあります。


5.トータルな人間力と教師の資質の向上

集中講義の3日目は全員がプレゼンを行いました。 プレゼンテーマは「今の自分と卒業時の自分」。 ポジティブな目標を語る、そのことが人を成長させます。前向きに考えられない人は不満が多く、特に「環境が悪い」と考えがちです。じゃあ環境を変えなさい、無いんだったら自分が与えなさい、と言いたい。

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プレゼンにおいては、これからできるスモールステップの具体的な努力目標と改善課題を入れました。「自分にできることを考える」ということです。

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プレゼンのうまい下手はありますが、そこで評価しないようにしています。全員にやらせることを大切にしています。
プレゼンを受けて、グループのメンバーは「プレゼンテーションアドバイスカード」を書き、相互に交換します。
このカードでは、ダメなことを書くのではなく、よかったところともっとこうすればよくなることをそれぞれ書いて改善の未来を示すようにしています。

教師になるためには、いくら知識を持っていても、自分だけでやることとは異なり、すぐに実践できるものではありません。新卒で教師になり、担任を持ち、子どもを惹き付けていくためには、長い時間をかけての資質の会得が必要になってきます。
子どもや学校を観察し、様々な知識を獲得したら、それを自分で実践して、それを再び改善していくサイクルを、長い時間をかけて、培っていく必要があります。

どんな仕事でもラクな世界はない。ラクをすればするほど、逆に自らの夢は遠のいていく。誰もが「楽しくラクになりたい」と思うだろうが、楽しいことばかり、楽にすることばかりでは、長期的には楽しくもラクにもになれないという面があります。
困難を長期的に乗り越えることによって、それがラクにできるようになっていく。人間の成長には、過度の緊張感は問題であるが、適度な緊張感は必要なのです。
このSEQの診断を通じて、自分の気づかなかった自分を発見し、友達との相互の認識と支え合いの中で、新しい成長した自分を作っていくことを目指していく力が求められているのです。

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最後のプレゼンの様子を見ると、このプロセスを通じて自己開示の大切さに気付いてくれたのではないかと思います。
また、SEQはそのためのツールとして効果的に活用できたのではないかと考えています。
今後とも多くの学生が参加できるようにこの取り組みを続けていきたいと思っています。

国立大学法人 北海道教育大学
北海道札幌市の札幌キャンパスをはじめ、釧路・旭川・函館・岩見沢の各キャンパスを持つ大学。
本事例は釧路キャンパスの教員養成課程が対象。
釧路キャンパスの学生収容定員は720名